大阪水道器具工業会 沿革

 現在、「大阪水道器具工業会」として活動しておりますが、発足当初は「大阪市水栓クラブ」として、大阪市水道局からの要請によりスタートしたのが、始まりです。
 大阪市水栓クラブは、製品の偽装問題や不正業者を防止するといったことから、大阪市水道局の要請により、昭和34年、初めは6社が集まり、呼びかけて11社となり会合を重ねていきました。その後、第6回総会時には会員数も26社に増え、現在の「大阪水道器具工業会」と名称変更をしました。
 活動内容としましては、大阪市水道局の資材を製造するのはもちろん、会員相互の資材共同購入、部品や工具類の共同購入など、1社では困難な問題を大阪水道器具工業会として負担し、会員各社に貢献していきました。
 又、「大阪水道器具工業会」は、他団体及び他府県の水道事業業者にとって、大きなネームバリュウがあり、会員になりたいという要望が多数あったのですが、大阪市の水道事業の品質低下や市場をかき回すような事態を防ぐ為、会員2社の推薦状を必要とする会則も付加されるようになりました。
 大阪市水道局からは、検査事業について要望があり、大阪水道器具工業会として様々な意見等を提案し、昭和56年頃、現在の「大阪市給水装置」の本(規格)となりました。
 このように大阪の給水装置を良くしていこうと、官民が親密に持ちつ持たれつの関係を築いていました。
 しかしながら、時代の変化に伴い、材料の高騰や鉛の溶出基準の厳科といった諸問題も重なり、会員の脱退等、会員数の減少もありましたが、数年前に「大阪排水器具工業会」を吸収合併し、現在、正会員26社、賛助会員1社の27社として、会員各社、切磋琢磨し、より良い水道事業の活性化に向けて活動しております。